[]どこかで

のっぺりとした雨雲が月を隠している。日中の蒸し暑さを忘れたころ、田舎駅の駐輪場で彼女に逢った。


とめてある自転車の鍵をはずしていると、そっと近づいてくる。
さらに、おどろいたことに、何のためらいもなく擦り寄ってきたのだ。
こういうことはあまり経験がないので、何をしたらいいのかわからない。
何をしたらいいのかわからないまま、別れを告げ、おもむろに自転車で走りだそうとすれば、彼女が道を塞いでくる。
何かを訴えているのか。なら、ちゃんと言って欲しい。
暫く待っていてもそれを聞くことはできなかったので、私は横をすり抜けて走り出した。


数分後、田舎駅の駐輪場。
駅の軒下で、すぐに彼女は見つかった。右手にはコンビニのおにぎり。
そっと手渡すと、まるでずっと探していた何かを見つけたような勢いで、それをむさぼり始める。
なんともほほえましい光景だった。ずっと見ていたかった。しかし、それは許されないことだ。
気付かれないように、そっと指でさようならをする。
おにぎりに夢中でもうこちらを見てはいない彼女を置いて、駅をあとにした。


やせほそった半月が、雲間からのぞいていた―――。